2017年1月11日水曜日

推手から組手(散手)へ

太極拳の練習を始めてどの段階でどのように組手を始めていけば良いかを述べたいと思います。これは馮志強老師の北京陳式での考え方であって他の陳式太極拳に付いての批判ではありません。
まず最初から組手を行うと相手の勁を聴くという事ができず、こちらが意念を出しっぱなしとなり、相手の太極、陰陽も把握できない。従い、まず推手で聴勁ができる事が前提となります。聴勁を行っている時はこちらから意念が出ておらず、動静の機が分かるようになってきます。太極拳経では太極は動静の機、陰陽の母と言われています。この動静の機、即ち太極を把握でき始めた時が組手に入る時期としては適当かと思います。この時期を出来るだけ早くする為には我々の流派では力で押しまくる「おしくらまんじゅう」の推手はせず、筋トレをして力で投げる等の推手もせず(筋トレが悪いと言っているのでは、ありません)試合の推手もせず(試合の推手が悪いと言っているのではありません)推手を一練習方法として位置づけて只管心を澄ます事にのみ集中します。推手を競技にしてしまうと私の場合はどうしてもこちらの勝とうとする意が出がちとなり、聴勁がなかなかできず、相手の心や意が動く時を捉える事ができません。 今我々が行っている推手で効果があると思えるのは約束推手です。一方が攻め、一方が守るだけの推手です。但し守る側は相手が攻撃してきた瞬間のみ攻撃ができるというルールで行います。このように行えば攻撃的で意が出る人も守る側になった時は必ず守りに徹する必要があるので、聴勁が長けてきます。この推手ができるようになると自由推手と約束組手に入っていきます。約束組手は上記の約束推手と同じ要領で行います。即ち一方が攻めるだけ、一方が守るだけで行い、守る側は相手が打ち込む瞬間のみ攻撃ができるようなルールで行います。この場合守る側の攻撃は相手の攻撃を受けつつ攻撃する形となり、攻防が一体となったものとなります。これを実現するには相手の意や、心の動く瞬間を捉える必要があります。これが正に聴勁です。こうして鍛えていけばスムーズに組手に対応できるようになります。組手(散手)が弱い、又は出来ないが推手では強いのでは本末転倒となりかねません。推手は必要ですが、散手(組手)に結びついてこその推手と捉えています。推手を独立した試合として行う事は我々の流派では取りません。心を澄まし、太極を捉えるより意が出やすいからです。勿論やり方によっては推手の試合を行っても正しい道にたどり着ける方法もあるかもしれませんし、それを批判するものではありません。
太極を追及し、太極を把握するから太極拳と呼ばれるのです。良く馮志強老師は太極の拳と言われていました。その意味は太極を掴み、太極を体現する拳という意味と解釈しています。

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