2017年8月2日水曜日

意念 中国武術の精華

意念も私が太極拳を通じ初めて出会った新しい概念でもあり、又素晴らしい技術でもあります。太極拳は意を鍛える武術ですが、意を鍛えるとどのような事が起こると思われますか? 一つは意で相手を動かせるようになるのです。但し、これには幾つかの条件があります。
1.まず相手が意を出して来た時に限ります。然し、武術をやってきた方なら殆どの
  場合が攻めて来る時に強い意が出ます。又喧嘩好きな人も強い意が出てきます。
2.こちらの意がある程度強い事が必要です。
3.こちらから相手を攻めずに、相手に従う気持ちを持つ。
この3は何処かで聞いた事があると思いませんか? そうです。太極拳の要諦が描かれた「太極拳経」の「捨自従人」(自分を捨てて相手に従う)です。自分を捨てて、相手に従うとは動作の事だけを言っているのでは無く、意念に就いても言及していると考えられます。全ての思いを捨て、相手に従う気持ちを持てば、相手の意念が出てくる処が良く見えてくるという事です。
話を戻して意を鍛えるともう一つには意の反応が速くなってきます。人と対した時に意の反応が速い事はこちらの動きに余裕が出てくる事になります。尊敬する北京陳式の陳発科老師は相手が速い動きの時は自分も更に速く動かれたそうですが、これは意を鍛えているからだと思われます。
三つ目に相手の意が動く瞬間が分かるようになる事です。意の感受性が増すからです。空手をやっている時より、非常に相手の動きが見えやすくなり対処しやすくなってきます。意の動く瞬間が太極です。静動の機、陰陽の母が太極拳経では太極と呼ばれています。意が動いてしまえば動となり、陰陽が分かれた状態になりますが、動いていないけれども。その機を含んだ状態が太極という事になります。実際元々他の武道の高段者が長らく組手を行っていないにも係わらず私の下で太極拳をやっていて組手を再開したら、強くなっていたという事が起こっています。これは太極が捉え易くなった結果と言えるでしょう。
以上が意を鍛えたら出来るようになる事の例です。従い、太極拳は素晴らしいと言いたい処ですが、実はこれは太極拳だけにある事では無いと思えるのです。意念を重視するのは私が知っている限り多くの中国武術の内家拳(太極拳、形意拳、八卦掌等)に当てはまるという事です。もっと正確に言えば内功を練る内功武術に当てはまると思います。例えば少林拳等は一般には外家拳に分類されますが、私が知っている方の少林拳は内功がある少林拳で、ここでも意念が言われています。私が知っている意念の効果は上述した通りですが、他の拳では意念を練る事による別の効果もあるかもしれません。従い、この意念は多くの中国武術に存在する中国武術の精華と言えるかもしれません。

2017年7月13日木曜日

北京で知り合った女性拳士の思い出

北京に滞在していた頃週末は大抵、張老師の元で練習をするか、馮老師に教えて頂くかのいずれかで土日は過ごしていました。張老師で練習しているある時期に頻繁に練習に来る中年の女性拳士がいました。馮志強老師の高弟を渡り歩いているような様子で、陳項老師、唐跃新老師等の名前が出てきており、その頃は張老師の練習に勝手に参加するような有様でした。言葉も態度も上から目線であまり良い印象は持っていませんでした。その頃は武器、特に剣を学びに来ており張老師も仕方なく教えている様子でしたが教えても教えても忘れるので、傍から見ている限りでは覚える気があるのかと思うような感じでした。ところが張老師も嫌気がさしたのか、彼女の剣を私が教えるようにと、こちらに振られてきました。今までは他人事でしたが、他人事では無くなり大変時間をかけて剣を教えた経験があります。剣を教えている合間に推手をしようとその彼女から言ってきて推手をしましたが、この推手で手を合わせた時に彼女が只者では無いと悟りました。功夫があり、柔かい推手でした。套路も重い套路を打っていました。先程も述べたように上から目線でしたが、小生の剣はなぜか評価しており、あなたの剣は良いと言って貰いました。従い、剣を教わる時は割と素直に習っているといった具合です。それにしても中国は恐るべしと思ったのは、こんなおばちゃんでもかなりの功夫を持った人が何気に存在するといった事でした。日本ではこれ程の功夫を持ったおばちゃんが存在するのかを考えると、その層の厚さに驚くばかりでした。

2017年7月1日土曜日

站桩(zhan zhuang)Ⅱ

站桩とは站椿功の事です。別名立禅とも言われ、立つ事により内功の力を養う功法です。この站椿功を続けると押されても動かない力が養われ、拳を打つと強い威力のある拳が打ち出されます。要は太極拳で言う処の功夫が上がるので、非常に重要な功法と言われています。従い、これを如何に効果的に行うかが非常に重要になってきます。站椿功は通常お臍と反対の命門を外側に出し、意念を丹田に集中させて行います。この時他の事を考えていては効果は上がりません。全ての雑念を捨て去って丹田に意識を集中させますが、往々にして時間が長くなると雑念が入って来て站椿功の効果を半減させるどころか殆ど無い状態となってしまいます。中国では太極拳を行うには悟性が大事だと言われるのはこの事を指しています。これを打破する方法として小生は站椿している人の丹田から気を小生の意念で引っ張り出す事をやっています。太極会の人は既に皆さん経験されていますが、意念が丹田に集中されていない場合、気が引っ張り出される事により、その人は前に引きずり出される事になります。具体的には前に歩き出す事になるか、歩かないまでもお腹が引っ張られる感覚となります。最近、ある太極拳の団体との交流会でもこれを御見せしましたが、これを行うと皆さんの站椿は格段に良くなってきます。小生に気を引き出されないようにビシッと集中されるので站椿の効果が短い時間で上がる事になります。その結果功夫が上がり、人に押されても動かなくなります。これはどのようなメリットがあるかと言えば突き、蹴り等が地の力を使う事が出来るため威力が大きく増す事となります。

2017年6月1日木曜日

散手(組手)に関して

ある時馮老師と2人だけになった時に私に突然言われました。太極拳で強くなろうと思えば散手をしなければならない。散手は千変万化である。それに対応していけないようでは駄目だと言うような事を言われました。私は太極拳で強くなろうと思っていましたが、そのような事は一度も馮老師は仰った事がありませんでした。しかしまるで私の心の内を見透かしたように突然そう言われました。おそらく馮老師もそのようにして強くなったのでしょう。又馮老師も同じような事を陳発科老師から言われたのかもしれません。
又私の直接の老師である張老師からも散手をやらなければ強くなれないという事を言われました。張老師は強くなる為に馮老師と同じ長屋に住み馮老師が仕事から帰るのを待って太極拳を習われた方でした。散手はしょっちゅうされていたとの事でした。従い、強くなる為には散手は必須です。但し、推手と散手でも述べたように散手を始める時期も大事です。特に散手を別の武道でやって来られた方はそのくせを取り、太極拳の散手をする必要があります。最初から散手をやったのでは前の武道の散手となり、なかなか太極拳の散手とはなりません。このタイミングは直接老師に御指導を仰ぐ必要があるでしょう。
最近(今年の4月末)ある太極拳の宗師が散手でボクシングか何かの選手に負けて話題になりました。又負けた後もインタビューで自分が太極拳の内功を使えば相手は死んでいたというような事を言っていたと思います。しかし、ビデオで見る限り散手に慣れた様子は見られませんでした。どんな威力があっても当たらなければ意味がありません。最初から後ろに下がるようではまず散手に勝ち目はなさそうだと思いましたが、結果は御存じの通りです。
最初に太極拳が世に広まったのは楊式太極拳の楊露禅が北京に出てきた時でした。太極拳が本当に強いのか世の人は疑問の目でみていましたが、楊無敵と言われ太極拳の強さを証明しました。その後楊式太極拳も楊露禅のような達人が出なくなり、太極拳の威力が疑われ始めた頃、陳発科老師が北京に来られその無敵と武徳を称賛されたのでした。陳発科は「太極一人」と称され、陳式太極拳でも陳長興と並ぶ出色の人物とされました。然し北京陳式もそろそろ発科老師を初代とすると3代目から4代目に入りました。これからがいよいよその強さが試される時期となるのでしょう。

2017年4月26日水曜日

勁について

内功の武術に於いて勁は重要な要素です。この勁は触れて理解し、自分の中に出来て理解しうるものです。私が過去やってきた空手に関して言えば勁は存在しませんでした。その空手の威力はスピードとタイミングによって得られているものでした。太極拳を始めて何が一番違ったかというとこの勁が一番違っているところでした。勁はスピードによって出すものでは無く、内気によって生み出されるものです。従い、勁は気による力という事ができます。これはスピードが無くても生み出せるので、太極拳のようなゆっくりの動きでも産む事ができるのです。ただ、その太極拳に勁があるか、無いかは勿論触れれば分かりますが、勁がある人から見れば一目瞭然です。これは非常に便利なものでスピードによって生み出された力では無いので間合いに関係なく力を発揮する事ができます。従い、実戦に於いても非常に有用なものとなるのです。所謂ワンインチパンチと言われている寸勁も太極拳を身に着けた人であれば誰でも簡単に出す事ができます。
ではこの勁が太極拳の専売特許かと言えば、そうではありません。内功武術は全てこの勁を持っています。内功武術と言えば、太極拳、八卦掌、形意拳(含む心意拳)等です。空手に勁が無いかと言えば、私は有ると考えています。いやあったと考えています。実は空手の有名な型である三戦が勁を練る型と思われます。太極拳の練り方で三戦を行えば実にしっくりといくのです。ですから沖縄で、伝統を伝える空手では太極拳の練り方で三戦を練っていたのではと思われるのです。空手で三戦をどうして重視してきたかもそれが内功を練る型であるのであれば理解ができるのです。
太極拳をやっていて感じるのは勁の無い先生から教えて貰った太極拳はいくら形が綺麗でも勁が出ていない人が殆どであると思えるのです。一方勁が出ている先生から教わっている人はやはり勁が出ている人が多いと思えるのです。空手も同様ではないかと思えるのです。空手も勁が元々あって勁がある人が教えていたので、勁が出ていたのではないかと。なぜそう思えるかというと空手の突きは左右の肩を出さずに突きをいれますが、この伝統的な突きでは威力があまり出ず、人を倒す事はかなり難しいと思います。従い、私がやっていたフルコンタクトの空手では肩を出して突き抜くやり方をしていました。しかし、もし空手に勁があれば従来の突き方で十分威力が出るのです。従い、空手の型も勁が出る事が前提になっていると考えられます。これは私の推論ですが、空手をやって来られて伝統太極拳に変わられた人は同様の感想を持つ人が少なからずいます。

2017年4月12日水曜日

四天王 陳項

陳項老師は功夫にかけては馮志強老師に次ぐ者と言われていました。週末に地壇公園で一般学生向けの練習として内功、套路と行われ、それが終わるのが8時半位ですが、それから12時迄皆で推手を行っていました。この時は拝師弟子が集まり、皆に稽古をつけるという具合でした。その中で陳項老師の功夫は抜きんでていました。私も何度か陳項老師と手合わせをしましたが、陳項老師の推手は後ろに飛ばされるのでは無く、上に飛ばされたものでした。陳項老師と私の直接の師である張禹飛老師は馮老師が作成した内部教材で馮老師の相手役として出ています。恐らく馮志強老師が両腕としてその二人を教材に使ったのだと思われます。ところが、ある時陳項老師と馮老師が推手を行いました。あっという間に陳項老師が崩されてしまったのには驚きでした。

2017年4月1日土曜日

四天王 呂宝春

馮志強門下の四天王と言えば武器の張禹飛、徒手の呂宝春、技術の唐跃新、功夫の陳項というのが、私の独断と偏見で選んだ4人です。唐老師は亡くなってしまわれましたが、私が滞在していた90年代後半の頃は特に呂老師が有名でした。月壇公園で特に推手を教えておられ、並ぶものがいないと言われていました。その頃は後に功夫で名を馳せる陳項老師もまだ駆け出しの頃でした。呂老師は王培山の元で元々八極拳を習ったおられ、王老師が後継に嘱望していた人物と聞いています。その後馮老師に挑戦し、敗れて後は馮志強老師に拝師されました。それでも王老師は呂老師に後を継ぐように強く要望され、呂老師もかなり迷ったあげく馮老師に決められたとの事です。当時、馮老師と王老師が仲が悪いというのは北京の武林では有名な話でした。従い、呂老師も大変困ったと思われます。呂老師はその後欧州に指導に行かれ、現在は北京には居られません。2000年代初めのある時、張師父、呂老師、唐老師が集まって真剣に話合いを持ったという事です。それは正宗の陳式太極拳は陳発科老師により、北京にもたらされ、馮志強老師によって正しく受け継がれた。ただ、馮老師は息子が居られず、今後どのように三人が協力して発展させていけば良いかという事がその討議の内容であったという事です。呂老師が欧州に行かれていなくなり、唐老師がお亡くなり、現在は張師父と陳項老師が北京で陳式太極拳の継承、普及されているという事になりました。

2017年3月27日月曜日

太極尺

太極尺気功は太極棒気功と並び、陳式太極拳では古くから伝えられている功法です。太極棒気功は初心者の段階で練る事は弊害がありますが、太極尺気功は初心者が練っても弊害はありません。というのも尺気功は基本的に築基の気功だからです。この練り方として、幾つかある個々の招式を全て通す事はせず、最初は一つを多く練る、例えば100回くらい毎回練り、それを一週間位続けるようにします。それぞれの感触がある程度掴めてきたら次の功法に移りそれを全て終えたら通しで練るようにします。

2017年3月22日水曜日

遠藤靖彦先生の陳式太極拳

遠藤先生は知る人ぞ知る日本に於ける陳式太極拳の草分け的な存在の人です。日本でも中国でも太極拳の大会で優勝された御経験をお持ちの方です。陳小旺先生に習った後、馮志強老師に就いた方で馮老師の混元太極拳は習って居られないが北京陳式を習われた方です。昨年末初めて遠藤先生の陳式太極拳を拝見する機会に恵まれました。先生の太極拳は表面は混元では無いのですが、体の中が混元の動きになっているもので、私から見れば正に陳式心意混元太極拳でした。その功夫も凄いもので久々に感動しました。
太極拳は面白いもので、外見の動きが一緒でも中身が全然違う事もあれば、外見が違っていても中身が同じ事もあります。例えば混元太極拳を行っている人で中の混元の動きが外の纏糸の動きに現れていない人も多々見受けられます。本人は混元太極拳をやっている積りでしょうが実際は全くそうなってないケースは非常に多いものです。翻って遠藤先生の太極拳は馮志強老師が再現されていると思う程、馮老師に近い動きでした。この点は驚きでした。

2017年3月10日金曜日

太極棒

北京陳式に於いて太極棒は何を練る為にあるのかと言えば、主に纏糸勁を練る為にあります。実際ある一定程度の内気が出てきて太極棒気功を練ると内気が纏糸の運動をしながら動いている事を感じる事ができます。これは纏糸内功と同じでただ捻じっているだけでは出てきません。表面は螺旋運動となっていますが、丹田から出てきた気が棒の螺旋の動きに合わせて螺旋に動き、その勁が出てくる事になります。この練功の中で大事なのは放松と意念です。この練功法は初学者が行うと太極拳が嫌う僵力(ジャンリ)というこわばった力が出易いのである程度の内気が出てきて、放松が出来て来るようになって初めて行います。馮志強老師は日本では練功者の程度に拘わらず、教えていましたが、実際中国で教える際には一定のレベルで無いと教えて居られませんでした。

2017年3月2日木曜日

太極混元内功

陳式太極拳に伝わる太極混元内功について、巷間に伝わる誤解を解く意味で少し解説を加えたいと思います。私の太極拳の師匠である馮志強老師にある時、太極拳に関し種々お伺いしたい事がありますと申し上げると老師は半日を取って頂いて、御自宅で色々お伺いする事になりました。1対1で半日取って頂いたのは2-3回ありますが、その時にこの混元内功の話になりました。この気功は陳式太極拳から来たものか、心意拳から来たものかと質問しました。答えは両方の築基の気功を集めたものとの事でした。但し、いずれの拳でも外傳しない内傳すべき功法との位置づけは同じでした。これはどこかで述べた事と思いますが、陳照奎老師にはある出張から帰ったら伝える積りだったが、その出張で亡くなってしまったと言われていました。その後馮老師は拝師の弟子以外にも教え、外傳はするなとの教えを破ってしまわれる訳ですが、これはご自身が体を壊した時にこの混元内功で回復した為、武術を目指す人というより一般の人を対象に広めた感があります。
扨、この内功を練っていて多くの方から言われるのは3年くらい経った時に風邪をひかなくなったとか、風邪をひいても酷い風邪にはならず、すぐ治ってしまう事です。熱が出るような風邪が無くなったという話も良く聞きます。通常風邪をひいたら免疫細胞の活性化させる為に熱が上がるので、熱が出る事は全く正常な症状で悪くは無いのです。しかし熱が出ないという事は免疫細胞を大量に活性化する必要が無いくらい軽微な風邪で終わっているとも思えます。ある時混元内功を練っていて起きた変化を生徒に話して貰ったら色んな変化が起きている事が分かりました。ただ、風邪が引きにくくなるのは共通しているようでした。私の場合は手が常時熱くなっていますし、丹田も熱くなっています。丹田の場合人が私の丹田のあたりを触っても分かるレベルです。物理的にはこの2点でしょうか。私も殆ど風邪をひかなくなりました。これは本当に期待を超える太極拳からの収穫と言えそうです。そんな事は信じないという人は言われるのは勝手ですが、一度一定期間ご自分で練ってみられる事をお勧めします。

2017年2月14日火曜日

太極纏糸内功

陳式太極拳には太極纏糸内功という功法が伝わっています。この纏糸内功は纏糸勁を練る事を目的として作られています。ただ、纏糸勁を練る動作自体は外面的には捻じれの運動となっているので、手等を捻じるだけとなり、体の中の気(これを内気といいます)が纏糸の動きを伴って来ない恐れがあります。少なくとも丹田と繋がった纏糸の勁が出てくる必要があります。陳発科老師はただ捻じるだけで纏糸の勁にならないような事態を恐れての事でしょうか、この纏糸内功には築気の功法が入っています。これは明らかに纏糸の功法と言えないのですが、築気の功法と纏糸の功法を共に練りこむ事によって纏糸の勁を出していくようにしたのだと思います。実際ある程度築気が進み内気が増えてこないと纏糸の勁は感じられません。従い、馮志強門下では混元内功をある程度練り込んでんから纏糸内功に移っていくように指導されています。

2017年1月12日木曜日

内丹功

陳式心意混元太極拳には一つの秘伝であり、家傳の内丹功が伝わっています。 ただこれは不思議ですが、馮志強の拝師弟子でも伝わっているのはほんの一部でおよそ5人位と言われています。どのような基準で伝えたのかも定かではありません。ただ、これが伝わっている人が真の馮志強老師の継承者と言えるでしょう。私の師匠の張禹飛老師はこの功法を正しく継承された方でした。張老師が4年前に大病をされた時にこの功法を誰にも伝承していない事に気づき、拝師の弟子の内の何人かに伝えられました。それが今ここに伝わっているのです。本当に不思議な縁だと思います。

2017年1月11日水曜日

推手から組手(散手)へ

太極拳の練習を始めてどの段階でどのように組手を始めていけば良いかを述べたいと思います。これは馮志強老師の北京陳式での考え方であって他の陳式太極拳に付いての批判ではありません。
まず最初から組手を行うと相手の勁を聴くという事ができず、こちらが意念を出しっぱなしとなり、相手の太極、陰陽も把握できない。従い、まず推手で聴勁ができる事が前提となります。聴勁を行っている時はこちらから意念が出ておらず、動静の機が分かるようになってきます。太極拳経では太極は動静の機、陰陽の母と言われています。この動静の機、即ち太極を把握でき始めた時が組手に入る時期としては適当かと思います。この時期を出来るだけ早くする為には我々の流派では力で押しまくる「おしくらまんじゅう」の推手はせず、筋トレをして力で投げる等の推手もせず(筋トレが悪いと言っているのでは、ありません)試合の推手もせず(試合の推手が悪いと言っているのではありません)推手を一練習方法として位置づけて只管心を澄ます事にのみ集中します。推手を競技にしてしまうと私の場合はどうしてもこちらの勝とうとする意が出がちとなり、聴勁がなかなかできず、相手の心や意が動く時を捉える事ができません。 今我々が行っている推手で効果があると思えるのは約束推手です。一方が攻め、一方が守るだけの推手です。但し守る側は相手が攻撃してきた瞬間のみ攻撃ができるというルールで行います。このように行えば攻撃的で意が出る人も守る側になった時は必ず守りに徹する必要があるので、聴勁が長けてきます。この推手ができるようになると自由推手と約束組手に入っていきます。約束組手は上記の約束推手と同じ要領で行います。即ち一方が攻めるだけ、一方が守るだけで行い、守る側は相手が打ち込む瞬間のみ攻撃ができるようなルールで行います。この場合守る側の攻撃は相手の攻撃を受けつつ攻撃する形となり、攻防が一体となったものとなります。これを実現するには相手の意や、心の動く瞬間を捉える必要があります。これが正に聴勁です。こうして鍛えていけばスムーズに組手に対応できるようになります。組手(散手)が弱い、又は出来ないが推手では強いのでは本末転倒となりかねません。推手は必要ですが、散手(組手)に結びついてこその推手と捉えています。推手を独立した試合として行う事は我々の流派では取りません。心を澄まし、太極を捉えるより意が出やすいからです。勿論やり方によっては推手の試合を行っても正しい道にたどり着ける方法もあるかもしれませんし、それを批判するものではありません。
太極を追及し、太極を把握するから太極拳と呼ばれるのです。良く馮志強老師は太極の拳と言われていました。その意味は太極を掴み、太極を体現する拳という意味と解釈しています。

2017年1月9日月曜日

混元太極拳の中味

混元太極拳と言っても、元々は陳式太極拳ですので、この太極拳を創った意図は陳式太極拳の良い処は残し、少し不具合がある処は改良したというものです。 この太極拳を練っていて感じるのは丹田にある混元球の回転とそこから起こる纏糸勁との組み合わせが起こっているのです。
丹田の球はある練り方により自由に動くようになってくるのを実感できます。 自由に動くとはどういう事かというと、そう思った方向での回転をするという事です。その球の回転の遠心力が靠(カオ:一般には体当たりという事)を誘発してくるので触れた処から相手を飛ばす事ができます。 しかしそれだけには留まらない事が起こっています。それは回転から出てくる勁を纏糸の運動に変える事です。これはその2つを教室では実際に見せて比較して理解して貰っていますが、回転に纏糸が加わると威力が倍増します。これが実感できるとなぜ混元球なのかなぜ纏糸なのかが分かってきます。私のように功夫が左程無いものでも大きな威力を発揮できるようになっています。ましてや陳発科老師や馮志強老師は推して知るべしです。
一方混元内功では功夫をスピーディーにアップさせるようにできています。 通常の站椿功よりも倍以上のスピードで功夫がアップし、この套路と混元内功の精巧な組み合わせの妙を感じるものです。

2017年1月8日日曜日

陳発科の北京陳式太極拳  

陳発科老師は陳式太極拳に於いては非常に傑出した人物として知られ、その尊称を「太極一人」と言われていました。陳式太極拳ではその他に第六代陳長興もその尊称を「牌位大王」と言われ傑出した人物として知られていますが、それ以来の人物でしょう。
この陳発科は同氏が活躍した北京だけでなく、中国各地で幅広い支持と人気を博していました。私が北京にいた時(1993-2003)は既に陳発科老師の弟子である馮志強老師が非常に有名でしたが、それでも一般の人の口には陳発科の名がしばしば出てくるといった具合でした。
陳発科老師の練っていた套路は陳家溝で練っていた陳照丕老師の套路とは区別する為新架式と呼ぶ人も出てきました。実際陳発科老師とその弟子の太極拳は少し趣を異にする事もあり、北京陳式と呼称する人が出てきました。私が北京にいた時には既に北京陳式が正式名称として使われており、馮志強老師が北京陳式の会長となっておられました。このブログでも書きましたが、馮老師が創ったと言われている陳式心意混元太極拳も陳発科老師の創作という事です。 即ち、陳発科老師は不断に陳式太極拳を改良してきた陳式太極拳の大名人と言えるでしょう。 ではなぜ陳式太極拳を改良したのか、その発端は胡耀貞老師にあるようです。私が聞いた話では胡耀貞老師は陳発科老師の力量は認めていたものの、この太極拳は硬すぎると言われたそうです。それが改良の一因と思われると馮老師は言われていました。それから研鑽7年で7か所を変更し、その内3か所は胡耀貞老師と共同研究の上改良されたという事でした。この混元太極拳の原型を伝授された馮志強老師は常々この太極拳は上乗の太極拳だと言われていました。その後陳発科老師の要請に基づきこの原型を更に7か所改良されたという事です。従い、この陳式心意混元太極拳を含めて北京陳式と言って良いと思うのは私だけでは無いと思う次第です。なぜなら、そこには陳発科老師と馮志強老師を貫く一つの流れが存在するからです。
今では陳式心意混元太極拳と共に北京陳式の流れ、思想、文化も何とか後世に伝えたいものだと強く願っています。