2018年2月1日木曜日

馮志強老師の雑談

雑談1
ある時馮老師と雑談していた時、以下の話をお聞きしました。
それは馮老師が深圳の太極拳の表演に出るため深圳に出張しておられた時の話でした。
表演は翌日なので深圳の公園で太極拳を練習されていたら、あるおばさんが近寄って来られました。
おばさん曰く
「あなたの太極拳はなかなかのものだが、まだまだです。私はもっと凄い人を知っている。」
馮老師
「ほう、それは誰でしょうか?」
おばさん
「その人は北京にいる。」
馮老師
「その方はなんというお名前でしょうか?」
おばさん
「馮志強です。」
馮老師は吹き出しそうになったのを堪えて、
「そうですか。」
とだけ言われたそうです。

雑談2
ある時内功の話を馮老師と話していた時、「会陰」の話が話題になりました。その時に以下の話をして頂きました。
それはある外人の女性グループと内功の説明をしてツボである「会陰」から気を取り入れるという話をした時、一人の女性が「会陰」はどこにあるのですか? と突然聞かれたそうです。馮老師は女性のアソコとも言えず困ったと言っておられました。達人でも突然の攻撃に受けられない事もあるのかと思った次第です。

2018年1月2日火曜日

太極拳の不思議

武術以外の目的で太極拳をやるのは健康が主な目的でもあったりするが、 通常武術を嗜んでいる人が太極拳をやろうというのは強くなる為であると思う。 私の教室にも多くの武術愛好家が強くなる為に太極拳を習いに来ています。私も強くなる為に太極拳を始めました。ただ、太極拳をやっていくと多くの人が勝つか、負けるかはどうでも良くなってくるのも事実です。私も以前程、組手や勝負に対する拘りがなくなってきました。これはどういう事かと言えば太極拳の本質に根差した問題と考えています。太極拳は無極、太極、陰陽、無極と移りゆく一つの世界観で、陰陽のバランス、調和を基本としています。これが身についてくると調和が身についてきます。一方的に倒すとかではなく、調和の中で身を守れれば良いかっという考えになってきます。ガツガツ勝つ事もないかとなってくるのです。又、この無極が曲者で無極を体現する為には無になるわけですが、全ての念を落としてしまうので、そこには相手に勝とうとかの意識も無くなってしまうのです。無極になって初めて相手が自分、自分が相手という感覚になってきて、相手の事が自分の事のように把握せられるのです。そうなった場合、相手、自分というのは自分の我見である事が分かってきます。海の波をそれぞれ独立したものと認識しているのと同じ事です。全ては一体のものなのです。ここが実感として分かってくると、そこには相手を倒そうとかの気持ちも無くなってくるのです。然し、逆に相手の動きは良く見えるようにもなるのですが。
このように太極拳を追及する過程で、太極の思想が自分の中に入り込んで、自分の血肉となってきたら人を倒す事はどうでも良くなってくるのです。そして太極を追及するようになってくるのです。馮老師は「太極拳はいささか了解しているが、太極は終わりの無い道である。太極拳を修行している人は全て同道の士である。」と言われていました。最近はその意味が身に染みてきているこの頃です。ひょっとして太極拳を創った人はそれが目的だったのでは無いかと勘ぐっています。要は血の気の多い武術家に太極拳を道具として与え、その道具を利用して太極の道に引きずり込もうとしているのではないかと。私だけでなく、うちの教室に来ている武術の高段者は自然とこの拳を修めているとそうなっていってるのですから、この推測もあながち間違っていないのではと思います。即ち、太極が目的、太極拳は手段の一つという訳です。しかし、それが分かった時はもう後戻りのできない処に来ているのです。自然と太極を追及する自分がいるのに茫然としてしまうばかりです。これが太極拳の不思議だと最近つくづく思います。

2017年12月7日木曜日

芦原先生の思い出

極真会館芦原道場の時に松山に合宿に参加した時の事です。確か夕方になって芦原先生が大山館長の事を突然語り始めました。遠くを見るような目で「大山館長も遠くに行ってしまったからな~」と寂しそうにボロッと言われました。周りにいた我々は反応のしようもなくただ聞いていただけでした。当時は東京本部の批判もされる事が多くなっていましたので意外な感じもしました。本当は大山館長が好きなんだな~と感じた次第です。
その後、中村忠師範(当時既に極真会館を去られていました)の話になりました。
ある合宿で門限を破り他の道場性と飲んでいた処を中村師範に見つかって合宿所まで連れて戻られたのでした。当然、合宿所に戻ったら絞られると思われた芦原先生は中村師範が振り返れば殴ろうと手に石を持っていたそうです。ところが合宿所に着くと中村師範は後ろを振り返らず早く寝るように言われお咎めが無かったのでした。芦原先生は本当に虚しい気持ちで石を捨てたと言われていました。
もう一つの話は中村師範と組手で顔面に突きを入れた処、中村師範の顔がプーと真っ赤に膨れ上がったそうです。その時中村師範の仕返しがあるかと思いきや、師範から「芦原、お前も強くなったな~」と言われただけで拍子抜けしたとの事でした。
斯かるエピソードの後中村師範は立派な人だと言われていたのが印象に残っています。非常に尊敬されていました。極真会館も中村師範が残られておれば分裂はなかったのではと思います。

2017年11月21日火曜日

張禹飛師傅門下の俊英

私が知る限り張老師門下での逸材は以下の3名でしょう。 私も入れたい処ですが、正直な処、功夫が不足していると言わざるを得ません。将来は私を加えて四天王になりたいものです。

1. 薛超 (山东 东营/ http://www.taijiren.cn/details/18474.html)
 陳家溝の推手大会で優勝した事がある。功夫は一番あるかもしれない。未だ30台と若いが謙虚でかつ温厚な人格者。将来を嘱望されている。

2. 王建利 (河北省 张家口/ )
太極拳の各種大会で優勝されている。一時小生を敵視していた仁であったが、今は最も仲の良い拳友。功夫では小生が置いていかれている。昔はかなり好戦的だったが、今は張老師の薫陶を受け良い意味で成熟してきている。彼も推手はかなり強い。

3. Jesse Lown (トロント カナダ/http://www.jesselown.com/about-2/)
昔から張老師に師事している非常に寡黙で真面目な仁。中国人よりも一目置かれている。彼も推手はかなり強い。将来の北米は彼が仕切る事になるでしょう。

2017年10月23日月曜日

気功

最近リウマチを患っている人(N氏)が気功を教えて欲しいという事で現在マンツーマンで看ている。N氏はリウマチを治す為に北京に行き人民解放軍の病院で気功治療を受けたとの事でした。その気功は外気功で、気功を受けた時は調子が良いが暫くすると良くなくなると言われて居られた。然しながら気功を行う事が何となく身体に良いと思われており、又薬に頼っても対処療法と思うので気功を教えて欲しいという事だった。我々が行っているのは内気功なので自分で気を増やす事が出来るメリットはあるので、ダメ元でやってみられますかと話をし、気功を行う事となった。混元内功より幾つかを選び1カ月程やって頂いたら動かない指が動き始めたと言われて大変驚いておられた。その後気功を増やし、太極拳の套路をある点に注意して打って貰うようにしている。指は更に動くようになったと喜んでおられる。誰でもそうなるかは分かりませんが、そういう例もあるという事で御紹介させて頂きました。

2017年9月11日月曜日

馮志強老師の陳式太極拳と芦原英幸先生の芦原空手

ここに来て両者を学んだ者として両者の共通点と相違点を纏めてみたいと思います。
まず私が芦原空手を学んだ時期ですが、極真会館の芦原道場の時に学び始めました。この時の道場には人が溢れ、組手の時は異様な雰囲気が醸し出されていました。それは当時の白帯でも他流の空手や少林寺拳法出身者で有段者が多く、お互いがあいつには負けないという感じでした。従い白帯同士の組手が一番危ない状況にあり、怪我人が続出していました。又他流はからの挑戦者等もいたりして何か映画でも見ているかのような状況でした。
組手は見学者を締め出して行われており、顔面のパンチあり、髪の毛を掴むのもありでしたので、顔面のガードを一番最初に痛みと共に覚えるという状況でした。その後流石に白帯同士の組手は無くなり上級者がサバキで制するという形になっていきました。従い、今でいうまずサバキが在りきでは無く、突き、蹴りの中でサバキを使い制していくというものでした。このサバキですが、考え方の基本は相手と正面からぶつからないというもので、相手の攻撃と同時に左右のポジショニングを取りながら攻撃を無力化するものです。この点は太極拳の化勁に通じるものがあります。又受けが同時に次ぎの攻撃のポジショニングに繋がっており、自分は攻撃できるが、相手から攻撃ができないポジションを取りにいきます。又芦原先生の突き、蹴りは非常に重く、簡単に手加減して技を繰り出して頂いている場合でも尋常でない重さがありました。これは太気拳での内功の影響があったのではと推測されます。この点は勁がある太極拳に似ているものと思っています。最後に芦原先生は後述の通り、技を次々に開発され伝統の技や型に固執されませんでした。常に進化していく空手でした。一方馮志強老師も套路をどんどん改善していかれました。これは陳発科老師よりのDNAで「不要保守」(保守的になるな)と言われて改善される事に常に積極的でした。この点は類似点として上げられるでしょう。
次に相違点ですが、芦原空手では上述のように相手の攻撃に合わせ有利な位置を取って攻撃したりしますが、太極拳では攻撃を躱しつつ攻撃を行ったり同時での攻撃が結構あるという事です。又接近したインファイトでの攻防に於いては芦原空手では肘、膝の攻撃となってきますが、太極拳では靠(カオ)という体当たり(正確には体当たりでは無いのですが)を用いる点です。これは体が当たる時に発勁を行っているのですが、かなりの威力で相手が吹っ飛びます。一方芦原空手というより芦原先生の空手の特徴というか印象に残っているものはそのスピードになります。一般には伝統空手はかなりのスピードとキレを持っており、フルコンよりスピードがある人が多いですが、芦原先生に限っては右にでる人がいないと思えるスピードでした。例えば、冗談半分でご自身が何発正拳突きを打ったか当ててみろと言われた場合に殆どの場合正確に何発打ったか見えない程でした。もう一つは技に対する考え方に違いがあるように思えます。芦原先生は技は開発するものというお考えでした。実際に色々な技を開発されました。従い、開発された技の説明を行う時は人を限って行われていました。所謂企業秘密という感じです。一方馮志強老師は太極拳の一つの招式(技のようなもの)の使い方にかなり柔軟性をお持ちでこういう使い方もできる、こういう使い方もできると幾通りもの使い方を示され、固定的に考えておられないような節がありました。非常に臨機応変という感じでした。散手(組手)は千変万化といつも言われており、その中で臨機応変に対応していく事が根本にあり、技自身の変化も認めて居られました。以上が私が経験した太極拳と空手の類似点と相違点です。私自身の理解が浅い処もあると思うので一概には言えませんが、一つの意見としてみて頂ければと思います。

2017年8月2日水曜日

意念 中国武術の精華

意念も私が太極拳を通じ初めて出会った新しい概念でもあり、又素晴らしい技術でもあります。太極拳は意を鍛える武術ですが、意を鍛えるとどのような事が起こると思われますか? 一つは意で相手を動かせるようになるのです。但し、これには幾つかの条件があります。
1.まず相手が意を出して来た時に限ります。然し、武術をやってきた方なら殆どの
  場合が攻めて来る時に強い意が出ます。又喧嘩好きな人も強い意が出てきます。
2.こちらの意がある程度強い事が必要です。
3.こちらから相手を攻めずに、相手に従う気持ちを持つ。
この3は何処かで聞いた事があると思いませんか? そうです。太極拳の要諦が描かれた「太極拳経」の「捨自従人」(自分を捨てて相手に従う)です。自分を捨てて、相手に従うとは動作の事だけを言っているのでは無く、意念に就いても言及していると考えられます。全ての思いを捨て、相手に従う気持ちを持てば、相手の意念が出てくる処が良く見えてくるという事です。
話を戻して意を鍛えるともう一つには意の反応が速くなってきます。人と対した時に意の反応が速い事はこちらの動きに余裕が出てくる事になります。尊敬する北京陳式の陳発科老師は相手が速い動きの時は自分も更に速く動かれたそうですが、これは意を鍛えているからだと思われます。
三つ目に相手の意が動く瞬間が分かるようになる事です。意の感受性が増すからです。空手をやっている時より、非常に相手の動きが見えやすくなり対処しやすくなってきます。意の動く瞬間が太極です。静動の機、陰陽の母が太極拳経では太極と呼ばれています。意が動いてしまえば動となり、陰陽が分かれた状態になりますが、動いていないけれども。その機を含んだ状態が太極という事になります。実際元々他の武道の高段者が長らく組手を行っていないにも係わらず私の下で太極拳をやっていて組手を再開したら、強くなっていたという事が起こっています。これは太極が捉え易くなった結果と言えるでしょう。
以上が意を鍛えたら出来るようになる事の例です。従い、太極拳は素晴らしいと言いたい処ですが、実はこれは太極拳だけにある事では無いと思えるのです。意念を重視するのは私が知っている限り多くの中国武術の内家拳(太極拳、形意拳、八卦掌等)に当てはまるという事です。もっと正確に言えば内功を練る内功武術に当てはまると思います。例えば少林拳等は一般には外家拳に分類されますが、私が知っている方の少林拳は内功がある少林拳で、ここでも意念が言われています。私が知っている意念の効果は上述した通りですが、他の拳では意念を練る事による別の効果もあるかもしれません。従い、この意念は多くの中国武術に存在する中国武術の精華と言えるかもしれません。